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アート豆知識
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 ASAKAアートスクールで使用する画材の知識や、会員さんからの質問など、
 アートに関する情報を随時お知らせするページです。情報は随時書き換えていきます。
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正岡子規

正岡子規は、自身の幼名「升」(のぼる)にひっかけて、野球を「の・ぼーる」として自分のペンネームにしていました。そして子規は、野球に関係のある句や歌を詠むなどしており、文学を通して野球の普及に大きく貢献してもいました。
‥‥実はこのことから、「ベースボール」を「野球」と訳したのは子規だという誤解が日本には根強く残っています。みなさんは知っていましたか?子規は述べた通り、野球の普及に貢献しただけなんです。(Y.S)

 

音楽用語の「アレンジ」って何のこと?

アレンジとは、ある曲を他の演奏形態に書き換えることをいいます。
2種類あって、まず1つは、楽器編成を変えることをいいます。例えば、オーケストラの曲を一人で演奏できるようにピアノソロにアレンジしたり、ソロの歌曲を合唱にアレンジしたりといった具合です。原曲の持ち味を損なわないように楽器編成を変えるのです。
もう1つは、和音(コード)を変えて伴奏の感じを変えたり、原曲にはない間奏を入れたりして原曲に新たな創作的なものを加えるものをいいます。こちらは、作り手によって1つの原曲からいくつもの作品が出来ます。例えば、ベートーベンの作品をジャズのアレンジにしたり、ポップスをクラシック風にアレンジしたりといった具合です。TVのCMなどでもよく耳にする機会があると思います。

 

ガムランの構造の話

 音楽は時間芸術といわれていますが、その作られ方はさまざまです。
 基本となる拍があり、それが同じテンポで心臓の音のようにキープされていて、そこに音がのるつくりになっているのが、クラシック音楽やポピュラー音楽。速さは基本拍の周期の大小で決まります。朝おきて、顔を洗って食事をして、学校へ出かけて・・というようなてきぱきとした一日のルーチンのくり返し。規則正しい生活、地球の自転の周期にのって、毎日の生活のバリエーションを楽しむ。そんな時間のすごしかたと似ています。
 それに対して、基本となる拍が伸びて展開していく音楽があります。東洋によくみられ、ガムラン音楽の拍構造もこのタイプです。まずある速さで曲が始まり、だんだんゆっくりになってきて(拍の間隔がひろがってきて)、気づくと拍と拍のあいだにもう一つ拍を入れる事ができるから、入れてしまう、それがまただんだんゆっくりになり、さらにすきまができた拍のあいだに新たに拍をいれる・・。その時点で、もとの拍は4つに分割されていますが、これがさらに8、16と分割されていくのです。昔、理科の時間にみた細胞分裂に似ています。ジャワガムランを聴くと、ゆったりした印象をうけますが、基本拍がゆったりすればするほど、そのテンポの16倍とか32倍で忙しく動いている楽器もあるのです。例えば一日の予定をズームしていくと、ひとつの予定と次の予定のあいだがかならずあいていることに気づきます。そこに、もう一つ予定を入れる事ができます。さらに、その予定と前の予定のあいだに、この予定も入れられる・・結果的に、理論上はめちゃくちゃ忙しくなったりする。これは、ガムラン型の時間の過ごし方。
 バリ島にいくと、細密画といって、遠近法を用いない、すざましい情報量の絵を見る事があります。これは、描かれたものととなりに描かれたもの間をさらに絵で埋めていく、空間にも時間と同じく必ず「あいだ」があり、そこを無限に埋めていくという感覚で作られます。細かいパターンからなるテキスタイルデザインをみるようです。
 バリの人々も、手帳に予定をいれまくってしまう私も、だからといってせかせかと忙しく毎日を過ごしているわけではありません。たぶん、予定を入れる時に、1時間とか1日という基本拍をズームして、思いきり引き延ばしてしまっているのかも知れません。御迷惑をかけているかたがた、ゴメンナサイ!あ、でもそういえば、地球の公転の周期もだんだん伸びているらしいですね。

 

じゃがじゃが楽器とさつさつ楽器  ----アフォーダンスのはなし----

今回は、アートというよりも心理学に近いお話を。
 アフォーダンスとは、随分前にアメリカのギブソンという認知心理学者が発見したヒトや動物の知覚様式のメカニズムです。簡単にいうと未だに最新のロボットやコンピュータがすんごいメモリと処理時間を使わないとできないけれども、私達をはじめ、人間には赤ちゃんにだって瞬時にできてしまう、「環境に的確に働きかけながら、環境がさしだしている(アフォードしている)自分にとって必要な情報だけを素早く取捨選択してとりいれていく姿」のことです。さて、ここからは、一昨年きりんクラスで校長と一緒に楽器を作っていたときのこと。
 隔年秋の恒例の「やきいもをやいてたべる」という野外授業で、「おいもがやけるまで楽器であそぼう」ということで、約10年前、スタッフ達が考案したのが、アルミパイプをつぶして中に砂利を入れたマラカス風の楽器2種類です。焼くおいもが、じゃがいもとさつまいもなので、振ると「じゃがじゃが」「さつさつ」と音がするようにしようと、砂利の大きさ、種類、量、アルミパイプの太さや長さに至るまで数々の試作品を経てできあがりました。
 ちいさな子どもは敏感で、どっちがじゃがじゃがでどっちがさつさつかな?と両方を振ってみると、集中して音を聴いて注意を払うことができる4才頃から、よく当てるようになってきます。年長のきりんクラスのみんなは、実際に楽器を作るのですが、作る前に、できあがっている楽器をならべて見せて、2種類の砂利が入ったお皿を前に「どっちにどーの砂利が入ってるか?」というと、楽器を手にとって振り、砂利を見比べるだけで(みんなせっかちなので、所要時間数秒!)わかるのです。砂利の大きさの違いも、音の違いも微妙で、私達は「あれ??」と首を傾げることもあるのですが。
 このとき子どもたちが思わず楽器を手にとって振ったりいじったりした行動が、「環境への的確な働きかけ」で、実際にアルミの筒の中で砂利が動くようすを手の動きや感触や音から察知してあたかも中身が見えるかのようにあてちゃう、というのがアフォーダンスの一種、というわけです。機械で分析しようとすると、まず振る速度や角度、音、アルミの受けた物理的な衝撃、砂利の大きさや質などを測定し、データ化するところから始まるのでしょう。気が遠くなる話です。でも、子どもたちはこれらのことが瞬時にでき、直感的に判断します。考えてみると大したものだなあ、と、クラスのちょっとしたひとこまからも、感心してしまうのでした。

 

石膏像って、いったい...part1 「なんなの」

ASAKAアートスクールの4階に、真っ白い(中には少すすけた)人の形をした像が、いっぱいあるよね。図工室や、美術室にもあるけど、「なんなの」。昔つくられた彫刻(古くはメソポタミア、エジプトそしてギリシャ、ローマ時代。少し新しいところでルネサンス期)を石膏で型取りしたものです。(中高生クラスの生徒は、型取り、授業でやったぞ--作品紹介ページを見てね)
原作(もともと)は、ほとんど大理石(たまにブロンズ)でできている。ローマ時代につくられたものは、皇帝や、武功のあった軍人、有力な貴族、の肖像の他、ギリシャ時代の作品を模刻(手本とそっくりに彫ること)したものも数多い。みんなが「ギリシャ彫刻」とありがたがっているモノの中には、実はローマ時代の模刻がかなりある。

 

現存する最古のポピュラー音楽

ポピュラー音楽というと、どんなものを思い浮かべますか?歌謡曲、J-POP、洋楽などなど。専門家による芸術音楽(西洋のクラシックや、日本の雅楽等)に対して、みんなが楽しめる大衆の為の音楽、という意味です。
 さて、世界で最も古い「大衆音楽」といわれているのが、インドネシアのクロンチョンという音楽です。クロンチョンギターというウクレレに似た小型ギターと、バイオリン、ベース、ボーカルによる編成のかわいいポップスです。ルーツは、ポルトガルが大国だった500年ほど昔。船に乗って遥かヨーロッパから太平洋にやってきたポルトガルの舟乗りたちが、インドネシアに住み、音楽を楽しんだのが始まりです。西洋ふうのテイストと、インドネシアの古くから伝わるテイストが何百年もかけてブレンドされ、それ以来廃れることなく、むしろ第2次大戦後、独立してからさらに栄えて、現在も楽しまれています。
 ガムランのたいこのリズムとクロンチョンのベースのリズムは実に良く似ています。インドネシアの伝統音楽の音階は独特なのですが、クロンチョンの音楽の音階はあくまでも西洋の長調、テンポは当時の2拍子の速いポルトガルの音楽にくらべるとほぼ半分のゆったりした4拍子。そして何より驚きなのが、クロンチョン・アスリと呼ばれる古い形式の曲たちは、どれも和音進行(コード進行)と、構成(繰り返しや、曲のサイズや、ここで長く声をのばす、などのボーカルの節回し)が同じで、偉大なるワンパターンが守られているのです。有名なブンガワン・ソロもクロンチョンの一種です。

 

音の高さのオクターブ別表記法

 音の名前の呼び方は、日本語で「ハニホヘトイロハ」といいます。しかし、例えば「ハ」の音と文字で書いても、高い音の「ハ」、低い音の「ハ」・・・とさまざまな高さの「ハ」の音がありますので、どの高さの「ハ」なのかはっきりさせる必要があるときは、その表記をしなければなりません。
 いわゆるまん中の「ド」の音は、「ハ」の文字の上に「・」を付けて表記します。その1オクターブ上の「ド」は、「ハ」の文字の上に「・」をたてに2つ付けて表記します。つまり、1オクターブ高くなる度に、点を1つずつ増やして表記します。
 一方、いわゆるまん中の「ド」より1オクターブ低い「ド」は、「ハ」と表記し、点がなくなります。その1オクターブ低い「ド」は、「は」と表記し、文字がカタカナからひらがなに変わります。そして、さらに1オクターブ低い「ド」は、「は」の下に「・」を付けて表記します。
 詳しくはこちらご覧ください。

画像をクリックすると大きいサイズで見ることができます。

 

紙のパフォーマンス

昔日本の祭りの夜店で、手のひらで踊るセロハン製の魚のおもちゃが売っていたそうですが、同じ熱と蒸気の作用の原理による’紙の踊り’を、アートパフォーマンスとして演出した人がいるのです。アメリカのトーマス・コバチェビッチという人。その演出は...。トレーシングペーパーやセロハンのように薄くて張りのある紙を10センチぐらいの円形や台形、三角形など幾何学的な形に切り出しておきます。一方ナイロン布かポリエステル系の布地のように表面がすべりやすく蒸気を通す布地を、お湯を入れたタライやバットの上に張って布製の舞台をつくり、この舞台の上に先ほど切り出した紙をのせる、というもの。紙たちはたちまち生き物のようにからだをねじまげたり、カサカサと音をたてたり、優雅に、ときには神経質に動きまわる...。コバチェビッチ氏は「微妙な紙の動きやポーズが、さまざまな情景を人々に連想させ、ときには感情的な共感をもり立てるのです。」と語っています。
このパフォーマンスのことを知ったとき、アートってホント、”本気であそぶこと”だよなぁって改めて思いました。

 

ドレミの起源

ドレミファソラシド、とはイタリア語の音の名前の呼び方です。その起源はとても古く、1000年ほど前にローマで活躍した理論家、教育者のグイド・ダレッツィオという人によって考案されました。その頃音楽は宗教(キリスト教)と深く結びついていて、修道士であった彼は聖歌隊の少年や修道士達に教える為に、当時歌われていた「聖ヨハネ賛歌」の6行のフレーズの最初にあたる言葉を使って音名唱法を教えたのです。そのフレーズの最初の言葉が、それぞれ「ウト、レ、ミ、ファ、ソル、ラ」という言葉だったのです。例えて言うと、アートスクールで歌う「おひさまぽかぽかはるですよ……」の、「お」と「ぽ」と「は」にそれぞれの音の高さを当てはめてその音の名前にした、というようなこと。彼は音名で正しく音程をつけて歌う為に、左手の関節に、「ここがソ、ここがラ」と名前をかいて教えたと言います。詳しくはうさぎクラスと音感クラスでまきのがかいてやってみるから、こんど歌ってみましょうね!

 

シネスコ/映像鑑賞から

アートスクールでは、映像鑑賞の授業でアニメーション作品を観ることがよくあります。中でも東映動画の1960年代から70年代の作品は非常に丁寧に作られていて、画像もきれいで、迫力があります。実はこの迫力の秘密は、アニメーションの基本である動画の技術だけでなく、画面のタテヨコ比にも関連があります。この一連の作品のほとんどが、シネスコというサイズで撮られています。このシネスコということば、シネマスコープと言いますが、今で言うワイドビジョンやハイビジョンサイズに似ていて、横方向に長いため、画面の中でキャラクタが動く範囲が広く、奥行きも表現しやすいという利点があります。意外と知られていませんが、このシネスコのフィルムは、普通の映画用フィルムと同じで1コマのタテヨコ比が3:4です。特殊なシネスコ用のレンズを付けて撮影することで、横方向のみが縮んで撮影され、映写するときは逆に横方向に伸ばすレンズを付けることで、ワイドな画面になります。ですから、撮影されたフィルムをそのまま見ると、横方向に縮まって、みんな細く歪んでいるのです。おもしろいですね。

 

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